今回の鹿児島の旅でどうしても行きたかった知覧。
飛行機の時間の関係であまりゆっくりは出来なかったが、何とか急ぎ足で知覧特攻平和
会館へ。1036名もの出撃戦死した月日順に遺影が掲示されている。
その下には、最後の愛する人たちへの文も展示されている。最年少で17歳。多くの少年
青年が戦況が厳しくなった昭和20年4月から6月の3ヶ月の間に散ったのだ。
周囲の入場者も同じことを考えており、あと数ヶ月で終戦がくるのに。。。残念。。。と涙を
流している。
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これは三角兵舎。隊員たちが寝泊りした半地下式で復元されている。
ここで出撃命令を受け、明日で終わる儚い一生を思い壮行で酒を酌み交わし、
薄暗い空間で愛する人に文を書いたかと思うと体が震える。
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周辺の道路わきには灯篭が永遠と並べられている。
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この食堂は、いくつかの映画の舞台にもなっている「富屋食堂」。
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この建物も復元で、現在は資料館になっている。ホタル館とも呼ばれ戦時中ここで
経営していた鳥浜トメさんが、特攻隊員に慕われお母さん代わりをしていた。
私の知人の社長が、毎年社員旅行で知覧を訪れ、このような時代があって今が
あることを忘れてはならない。多少の仕事の苦労でくじけてはいけないということを
教えるために続けているという言葉を思い出した。
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石原新太郎も「僕は、君のためにこそ死ににいく」という作品を残している。
私もこの映画は見ているが、現実の悲劇は想像を絶するものであった。
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